元学芸員は26年前から乗船名簿などをひもとき、ルーツを探している。平成8年には移民船として高知県浦戸港、須崎港から網走港入りした高洋丸の設計図を発見、入地者の子孫の居場所を確認するなど、地元の歴史の解明に貢献している。
今回の出身地判明の手がかりは、訓子府町在住で北光社移民団の祖父を持つ男性から寄せられた。この男性が今年4月、自宅の仏壇を調べると、祖父の恒吉さんに加え、亀之進さんの位牌も出てきたという。
この男性によると祖父の恒吉さんの入地当時は24歳。妻と父親、3歳の娘、計4人で網走港入港後、3日間歩いて野付牛(現北見市)に到着した。伊東亀之進さんは親戚ではないが、ほかに身寄りがいないことから人生の大半を一緒に過ごしていたという。
亀之進さんは晩年も恒吉さんとともに過ごしてきたが、大正9年に亡くなり、恒吉さんが位牌を守っていたという。
元学芸員は「今回で入地者の出身地の判明は50戸になりました。北見地方開拓のルーツなので今後も解明に力を入れたい。伊東姓では、ほかに義太郎さん、今之助さんが乗船名簿にあります。手がかりをお持ちの方はぜひ一報を」と情報を求めている。 (斉)