町史などによると高洋丸は明治30年4月、移民団350人を乗せて高知県浦戸港を出港。日本海側を航海し、苦難に満ちた1ヵ月余りの長旅を経て網走港にたどり着いた。そして5月8日、訓子府に開拓の鍬が力強く振り下ろされた。
男性は開拓から110年が過ぎ、「開拓の歴史の一つとして形に残し、後世に伝えることができれば」と今年2月、模型をつくり始めた。サイズは50分の1で全長120センチ、高さは帆を入れて50センチ。
平成8年に町教委が入手した高洋丸の図面をもとに孤軍奮闘。忠実につくることに努め、約千個のパーツはすべて木でつくった。カラマツの廃材やシナ、ラワン材などを使い、細くて折れやすい木材を丸めてロープに見立てたり、針先ほどの穴に木のフックをかけたりと、これまで培ってきた技術をつぎ込んだ。
また、図面を見ても分からない部分があったが、これまで木製の帆船をつくっていた経験や資料から解明できたという。
男性は「つくり始めてこの船は貨物船だと分かりました。この中にどうやって350人が乗り、どれほどの苦労を乗り越えてきたのでしょうか。今の私達の豊かな生活は、そういった先人の苦労の上に成り立っているのです」。
16日から北見市内で開かれるオホーツク「木」のフェスティバルにも出品する。男性は「移民団の一人が私の家族の縁せきに当たります。多くの人の目に触れることで、新たな情報を得ることができれば」と期待している。 (真)
写真上…模型と制作した男性
写真左…1枚の図面を基に孤軍奮闘
写真右…折れやすい木を丸めてロープに