ジョーンズさんの死は、東京のカナダ大使館から同交流協会に寄せられた問い合わせの電話で分かった。4月上旬、ジョーンズさんの姪が同大使館に「叔父の作品が日本のどこかにあるはず。探してほしい」と依頼していた。
同交流協会によると、ジョーンズさんは3月14日、病気のため死去。他界するまではカナダの首都オタワ市に住んでいた。トーテムポール完成後、網走やポ市の交流協会との付き合いは次第に疎遠となったため、訃報は「カナダ大使館」という、意外なところから届くことになった。
トーテムポールは姉妹都市提携3周年を記念し、昭和63年8月から市内で制作を開始。ジョーンズさんはポ市から運ばれた長さ15メートル、直径1.5メートルのレッドシーダー(赤杉)に、北米インディアンの伝説を象徴するシャチやカエルなどの動物のほか、網走市とポ市の市章を刻み込んだ。完成までに4ヵ月ほどを費やした力作だ。
その翌年5月、友好のシンボルとして市内の中央公園に設置。ポ市にある文化施設と同名のエコーセンターが完成したことに伴って平成12年に移設され、今も堂々とそびえ立っている。
20年前、ジョーンズさんを数日間ホームステイさせた市内の女性は当時、トーテムポールに彫られたカラスの色を塗るなど制作を手伝った。「亡くなったと聞き、とても驚きました。ジョーンズさんはとてもいい人でした。お酒が好きで、わが家でも盛り上がっていました。残念です」と声を落とし、沈んでいた。 (大)
写真…制作に励むジョーンズさん
写真…エコーセンター敷地にそびえるトーテムポール