慰霊碑は高さ3メートル。碑には「置戸鉱山中国・朝鮮人殉難慰霊碑」と記されている。戦争当時に送り込まれた外国人労働者は過酷な労働から起きる事故や病気で、多くが亡くなった。死亡数は37人以上とされている。
碑は昭和51年、置戸鉱山の歴史を語る会とオホーツク民衆史講座の会員らが恒久平和を願い建立した。毎年8月に町社協が中心となり、慰霊祭を行っている。だが、風雪の影響で碑の台座の一部のモルタルがはがれ落ちるなど、老朽化がいちじるしく、改修が立案された。
実行委組織は、町社協と郷土史研究会など、町民有志で構成。代表は町内在住の2人。「建立した先人の思いを大切にしたい。強制連行の悲劇がこの置戸で起きた事実を若い人達にしっかりと伝えたい」と、4月下旬から募金活動を本格的に始めた。
改修費は30〜40万円が必要とされており、現在は約25万円が集まった。事務局長は「戦時下に多くの尊い命が奪われた史実を認識し、手を合わせなければならない。みなさんの善意で慰霊碑を守ってほしい」と呼びかけている。
募金は町地域福祉センター内の同実行委事務局で受け付ける。(斉)
MEMO
置戸水銀鉱山
町史などによると、旧置戸水銀鉱山(町北光)は昭和20年まで4年にわたって操業していた。水銀は魚雷の起爆装置などに使われ、生産が不可欠だった。中国や朝鮮半島から約1300人が強制連行され、採掘作業に従事させられていた。
写真上…置戸水銀鉱山
写真左…老朽化が進んだ台座