同トンネルは大正3年に完成した。3年間かかった工事は、本州方面から募集してきた労働者によって行われた。労働者は雇い主から「タコ」と呼ばれ、過酷な労働環境で重労働を強いられた。百数十人が命を落とし遺体は線路脇に埋められたという。
昭和34年、常紋トンネルの歴史を調べる住民有志が49体の遺骨を発掘、この年の6月24日に労働者の無念の思いをなぐさめようと、旧国鉄関係者や地元住民らが歓和地蔵尊を建立した。
供養祭は建立後、毎年行われ、鉄道建設の陰の功労者達を偲んでいる。そうした思いの中、第34代留辺蘂駅長の夫人は毎年のように「寒くないように」と手縫いした着物を届け、地蔵に着せている。
この日はJR職員10人が参加。常紋信号場から、留辺蘂駅に向かって約1キロ先にある地蔵尊まで足を運んだ。僧侶の読経に合わせて労働者達の魂の冥福を祈った。
また、28、29日に、北見−白滝間を運行し、常紋トンネルを通る「SL常紋号」の安全も祈願した。北見駅の駅長は「石北線の無事故を祈願し、常紋トンネルにまつわる歴史をしっかりと語り継ぎたい」と話している。 (斉)